JapArticle1

 (1)夫婦の外にスリル・刺激
◆不倫にワクワクの妻、AV専科の夫
 バッグからピンクのハート形のポケットベルを取り出して、テーブルの上に置いた。文字でメッセージのやり取りができる。

 「これで毎日彼と通信するのが今の私の生きがいなの。ワクワクして高校時代に戻ったようだわ」

 ショートカットにスーツ姿のその女性が、うれしそうに言った。昼休みを過ぎた東京・新宿のレストラン。先ほどまでのざわめきがうそのようだ。39歳の会社員。結婚15年、高校生の娘がいる。8歳年下の恋人との“通信恋愛”に胸をときめかせているとはとても思えないきまじめな印象だ。

 恋愛が始まったのは今年初め。その彼が異動することになり、歓送迎会の後の2次会まで付き合ったのがきっかけだった。

 「初めは軽い遊びのつもりでした。でも、会うたびに好きになった」と言う。

 2人きりで会えるのは月に1度がやっと。会えない分、ポケットベルでの短いやり取りが胸を締め付ける。

 「夫婦仲は悪くはないけれど、夫は娘のお父さんというだけ。男性としての愛情は残っていないし、セックスの対象にはならない」。この3、4年、夫との間にセックスはないとも言う。

 後ろめたさを感じている様子はまったくない。一つ心配なのは、娘が知ることだという。悲しませ、人生を狂わせてしまうかもしれないという不安が胸をよぎる。

 しかし、それもブレーキにはならなかった。「娘の人生は娘のもの。私の人生とは違う。私は自分の人生を大事にしたい。大切な30代を無駄には過ごしたくない。1人の女性としてワクワク、ドキドキしていたい」

 取材した何人もの女性が、同じような胸のうちを明かした。口にした言葉もほとんど同じ、「ワクワク」「ドキドキ」だった。もう一つのキーワードが「自分」だった。

 平凡な幸せは退屈と同じ。テレビドラマのようにワクワク、ドキドキしながら1度きりの自分の人生を楽しみたい――。刺激に満ちた社会風潮にあおられ、欲望をかき立てられているのだろうか。

 とはいえ、現実に自分らしい生き方を実現するのは容易ではない。手っとり早い手段として、性に目が向いたのかもしれない。だから、性を楽しむというよりスリルを味わい、刺激を受けるのが目的のようにも見える。

 「外の新鮮な空気が吸いたい」

 47歳の主婦は、こんな表現で不倫願望を告白した。10代で結婚、3人の子供はすでに成人した。2年前、長く寝たきりだった姑(しゅうとめ)をみとった後、ぽっかりと「心に空洞」ができてしまった。

 「このままでいいのか」と焦りを感じ、「もう1度ときめきたい」という思いに駆られるという。不倫をしている女友達も少なくない。

 カラオケスナックで出会った男性の1人からもらった名刺を破ってみせながら、「踏み切る勇気はないけれど、ふとしたきっかけでそうなってしまいそうな自分が怖い」と揺れる気持ちを語った。

 男性も刺激を求めていることには変わりない。しかし、不倫などあえて面倒なことはしないという男性も少なくない。ビデオや風俗店など簡単に刺激を満たしてくれる手段があるからだ。

 東京の会社員(40)はここ数年、自分からセックスを求めたことはない。妻の求める月に1度のセックスは「義務」。早く終わることばかり考えている。

 「写真集やビデオには若くてかわいい女の子がたくさん。それを見たら、長年一緒に住み、肉親のような妻には何も感じない」。居酒屋の隅で吐き捨てるように言った。

 性的な欲求がないわけではない。そんな時は妻に隠れてアダルトビデオを見る。「面倒もなく、飽きたら簡単に取り替えられるビデオの方がずっといい」

 そこには、いたわり合い、心を通わせ合う性の関係はない。それが、妻を自分探しの行動に駆り立てることになるとは想像もしないのだろう。


 現代人にとって性とは何か――。9月初めから連載した「性の風景」でこう問いかけたところ、さまざまな反響をいただいた。セックスレスの増加がいわれる一方で、性の低年齢化やモラルの風化は進む。問題を解くカギは、女性の変化と男性のとまどいにあるようだ。背中合わせになっている2つの性のいまを追いながら、心豊かな関係への処方せんを探った。(このシリーズは白水忠隆、福士千恵子、室靖治が担当します)

(2005年12月11日  読売新聞)

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