第3回 知識エリア「引き出し」を理解する

 今回から、BABOKの知識エリアを、それぞれ解説していくことにしよう。今回取り上げるのは、知識エリア「引き出し(elicitation)」である。

 BABOKには7つの知識エリアがある(図1)。このうち知識エリア「引き出し」は、知識エリア「エンタープライズアナリシス」「要求アナリシス」「ソリューションのアセスメントと妥当性確認」を実施するにあたって、可能なかぎり完全で、明確で、正確で、一貫性のある「ビジネス要求」「ステークホルダー要求」「ソリューション要求」「移行要求」(これらの要求については前回参照)の獲得につながるよう、要求を「引き出す」ためのアクティビティを定義する。

図1●BABOKの7つの知識エリア
図1●BABOKの7つの知識エリア

要求を「引き出す」とは

 ところで、要求を「引き出す」という言葉には、あまりなじみがないかもしれない。古典的な「要求工学」(Requirements Engineering)では、要求を「収集する」(gather)と呼んでいたが、最近は「引き出す」(elicit)と呼ぶことが一般的になってきた。

 BABOKは、「引き出す」という言葉を次のように定義している。

1.(隠れているものまたは潜在するものを)「誘い出す」(drawn forth)または「外に出す」(bring out)。
2.(情報または応答として)「呼び起こす」(call forth)または「抜き出す」(draw out)。

 なぜ、「収集する」が「引き出す」と呼ばれるように変遷してきたのかについては、要求工学の第一人者のひとりであるKarl Wiegersの、次の説明がわかりやすい。説明中の「要求開発」は、主としてBABOKの知識エリア「要求アナリシス」に相当する用語である。

 要求開発は発見と発明のプロセスであり、収集のプロセスではない。ひとはしばしば、要求を「集める、収集する」(gather)と言う。このフレーズだと、要求はその辺に置いてあって、ビジネスアナリストに花のように摘まれたり、ユーザの頭の中から取り出されるのを待っているという印象を与える。

 わたしが「引き出し」(elicit)という言葉を使うのは、この言葉に、顧客の代表者やその道の専門家※1が、ビジネスアナリストに提案した要求を記録することだけでなく、何らかの発見と発明の行為が含まれているからである。要求開発とは、探索的なアクティビティなのだ。ビジネスアナリストは、顧客の考えを促すような質問を投げかける捜査官である。
出典:「要求開発と要求管理」Karl Weigers著/宗雅彦監修/日経BP社刊
※1 BABOKにおける「ドメインのSME」に相当する

 この説明は、要求を取り扱うにあたって、いくつかの重要なポイントを示唆している。まず要求は、決してユーザーの頭の中に確固として存在しているわけではなく、本質的に変わり続ける存在であることが第一である。

 図2は、ユーザーが無限の潜在的な要求を欲求として持っており、それはあいまいな形で、いわば水面下に隠れていることを示している。そしてそのうちのいくつかが水面上に引き出されて表出化されるが、それは決して安定したものではなく、水面下で次々と生まれる欲求に伴い、表出化された要求も、常に本質的に変わり続けていることである。

図2●次々と生まれる欲求、そして要求
図2●次々と生まれる欲求、そして要求

 昨今のように顧客のニーズにしろ、競合の動向にしろ、ビジネス環境が急速に変化する中にあっては、この要求の変化のスピードも、ひとしおということになる。

 第二に、企業経営のための情報システムを例に考えると、経営や業務が以前と比較して大規模・複雑化していることを考える必要がある。となれば、「引き出し」の対象となるステークホルダー(利害関係者)は多種多様であり、それらステークホルダーはそのタイプによって、ニーズが異なっていたり、ときにはニーズが衝突していることも多くあるだろう。

 ビジネスアナリシスの実践にあたって、本質的に変化し得る存在である要求を、しかも大規模・複雑で、日々、変遷している可能性がある要求を確実に「引き出す」ことは、しごく困難なアクティビティである。

 この課題に対して、BABOKは「ドメインのSME(Subject Matter Expert)」(当該領域の専門家)をはじめとするステークホルダーの深い関与を前提に、「ビジネスアナリスト」がファシリテートして、要求の確実な引き出しを行うことを想定している。

 従って,要求の引き出しにあたっての第一の成功原則は、なにはなくともステークホルダーの分析により、複雑なステークホルダーの役割や関係を把握するところから始めることである。しかし、BABOKはこのタスクを、知識エリア「ビジネスアナリシスの計画とモニタリング」に置いており、知識エリア「引き出し」では、引き出しのアクティビティそのものに関連するタスクにフォーカスを当てているから、ステークホルダーの分析については、「ビジネスアナリシスの計画とモニタリング」の回の解説とすることにしよう。  

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