PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を生かす_4

第31回 プロジェクトマネジャはPMOの良き理解者に


顧客側から見ると、PMOははっきりとした成果物がなかったり、プロジェクトマネジャと役割が重なっていたりする場合がある。このため、何をやっているか分からない組織と見られることが多い。“存在理由”を疑われたPMOメンバーは、モチベーションを急速に失っていくだろう。そうなる前に、プロジェ クトマネジャはPMOの必要性を顧客に訴え、PMOメンバーにスポットライトを当てる必要がある。

後藤 年成
マネジメントソリューションズ マネージャー PMP

 

 本来、「PMOは目立てない組織」です。それゆえに、PMO経験者の中にはこんな経験をした方もいらっしゃるのではないでしょうか。

●顧客から「PMOは何をしているか分からない。必要なの?」と言われた。
●プロジェクトメンバーから「業務内容を知らないくせに、偉そうに命令ばかりするな」と言われた。

 私がPMOをしていた時に、実際に言われた言葉です。PMOの仕事は縁の下の力持ちのような役回りが多く、開発メンバーと比べれば普段はあまり目立てない存在です。開発メンバーなら、事前に成果物を決め、タスクを洗い出してWBS(WorkBreakdown Structure)を作り、スケジュールに沿って着々とタスクをこなしていきます。開発メンバーは成果物や、やるべきことがはっきりしているため、顧客からも何をしているのかが見て分かります。

 しかし、PMOはどうでしょうか。PMOも進捗管理や品質管理などのルーティンワークを持っています。ただ、PMOのタスクは成果物を明確に決めること が難しかったり、プロジェクト内部へのタスクが多かったりします。顧客からはPMOが何をしているのか、よく見えないのが実情といえます。

身内にもPMOを理解していない人が少なくない

 現状では、PMOの役割や必要性を理解できている顧客はまだ少数派でしょう。まず「PMOの認知度が、まだそれほど高くない」という悲しい現実がありま す。加えて、今までPMOという組織を設置せずにプロジェクトを実施してきた顧客にとっては、「今回のプロジェクトではPMOを設置させてください」とい きなり言われても、PMOを単なる“何でも屋さん”ぐらいにしか考えることができないのではないでしょうか。

 PMOを経験したことのないプロジェクトメンバーの中にも、同じような考えを持っている人が少なくありません。さらに悲惨なのは、プロジェクトマネジャがPMOを経験したことがなく、プロジェクトマネジャ自身がPMOを“便利屋さん”ぐらいにしか認識していない場合です。PMOは比較的最近認知されてき た組織であるため、PMOのような裏方の役割を経験しないままプロジェクトマネジャになった方も意外と多いのです。

「人から必要とされているか分からない」というPMOの不安

 プロジェクトでは、どうしても現場の開発メンバーにスポットライトが当たってしまいます。これは仕方がないことです。しかし、PMOをあまりにも軽視しすぎるプロジェクトがあるのも事実です。

 よくPMOのメンバーと飲みに行ったりすると、PMOメンバーからは必ずと言っていいほど、「今、プロジェクトがうまく回っているのは、俺たちPMOが 影で支えているおかげだ!」「開発メンバーはちっとも分かっていない!」といった愚痴を聞きます。事務局を含めてPMO的な立場で仕事をしたことがある人 なら、一度はこのような会話をメンバーとしたことがあると思います。

 人がモチベーションを保つ上で、「人から認められ、必要とされる」ことが非常に重要であることは共感していただけると思います。PMOの必要性を皆が理 解して、プロジェクトでの存在価値を認めてあげないと、PMOメンバーは「人から認められず、必要とされているか分からない」と感じてしまい、モチベーションが下がってしまうのです。

プロジェクトマネジャの一言でPMOの能力は何倍にもなる

 ここで重要となってくるのが、プロジェクトマネジャやプロジェクト責任者のPMOに対する理解です。プロジェクトマネジャやプロジェクト責任者は、 PMOがなぜ必要なのかという存在理由を、顧客はもちろんのこと、プロジェクトメンバーに対しても説明して理解させる義務があります。

 筆者も顧客の理解が得られず悩んだことがありました。そんな時、当時のプロジェクト責任者だった上司に相談したところ、上司が、顧客に対してPMOの重 要性を時間をかけて説明してくれたことがありました。それ以後、プロジェクト内でのPMOの役割が認められ、協力が得られやすくなったのはもちろん、 PMOメンバーのモチベーションが目に見えて高まりました。

 PMOの存在理由を周知する方法はいろいろあります。例えば、プロジェクトを開始するキックオフ・ミーティングで、プロジェクトマネジャやプロジェクト責任者がPMOの必要性を関係者全員に宣言すればよいでしょう。たったこれだけのことで、PMOの組織としての能力は何倍にもなります。メンバーやプロ ジェクトマネジャが気持ちよく業務ができる環境を作っていくのはPMOの重要なタスクの1つですが、その前に、PMOが気持ちよく働ける環境をプロジェク トマネジャやプロジェクト責任者が作ってあげてはいかがでしょうか。

第32回 “職人”を生かす環境づくり

プロジェクトの中には“職人”と呼ばれるようなメンバーが1人や2人はいるだろう。職人はパフォーマンスが高く、高品質な成果物を作るが、意外にも、それがあだとなってプロジェクトの生産性を下げるケースが多い。顧客が、すべての成果物に“職人品質”を求めるからだ。そんな時、PMOはプロジェク ト全体が過剰品質にならぬよう、職人技を生かす場づくりに取り組もう。

後藤 年成
マネジメントソリューションズ マネージャー PMP

 

 皆さんのプロジェクトの中にも、「ここまで書くか」というくらい詳細な業務フローを書けたり、高品質なプログラムを他のメンバーの2倍以上のスピードでコーディングしたりできる“職人”がいるのではないでしょうか。

 このようなスーパーマンやスーパーウーマンはモチベーションが高く、高品質な成果物を作るため、プロジェクトにとって非常に貴重な存在です。ただし、 PMOが職人の振る舞いをある程度導いてあげないと、意外にもプロジェクト全体としての生産性が落ちるケースが多々あります。

 高品質な成果物を作る職人が活躍すると、なぜプロジェクト全体の生産性が下がるのでしょうか。それは、職人はスキルもパフォーマンスも高いため、「過剰 な品質」を作り込んでしまいやすいためです。職人により過剰に作り込まれた品質に対して、「他のメンバーが受け持つ他の部分の品質が追いつけない」という現象が発生するのです。

顧客は一番高いレベルに合わせて全体品質を求める

 PMBOKには品質の定義として「品質とは、本来備わっている特性がまとまって、要求事項を満たす度合い」と定義しています。ここで言う品質の要求事項とは、「プロジェクト計画書などで定義されたコストや期間を考慮しつつ、プロジェクトの目的を満たせられる品質」だと言い換えられます。

 ここで重要なポイントは、「過剰な品質は不要」ということです。あえて大げさに言うなら、社内のコミュニケーション・ツールを作るのに、スペースシャト ルの通信システムのような、絶対に故障を起こさないほどの信頼性や冗長性は不要です。PMOはプロジェクト計画書で定義された「適切な品質」を目標とし て、品質をコントロールしていかなければならないのです。そうしないと、予算や納期を守れません。

 職人が作る成果物は、高品質ですばらしいものです。しかし、顧客から見ると、その一番高い品質の成果物が基準になってしまいがちです。他のメンバーが作 る成果物にも、その“職人品質”を求めてきます。もし、あなたが顧客の立場だったらどうでしょうか。品質がばらついていたら、きっと品質の高いほうに揃えてくれと要求することでしょう。

 こうなると、プロジェクトとしては大きな問題です。顧客が求める品質と、平均的なスキルのメンバーが作る成果物の品質にギャップができてしまうのです。

 では、職人に「他のメンバーの品質に合わせて成果物を作ってくれ」と指示すればよいのでしょうか。もちろん、それはあり得ない指示です。パフォーマンスが高い貴重な職人を有効に活用できないばかりか、職人のモチベーションを下げてしまいかねません。

 そればかりか、プロジェクト全体への悪影響も懸念されます。職人と呼ばれる人々は“声の大きい人”であり、非公式な場で大きな力、大きな影響力を保持し ている場合があります。つまり、職人のモチベーションを上げて、十分な活躍の場を与えれば、組織としてのパフォーマンスが上がるけれども、逆に職人のモチベーションを下げてしまうと、“腐った蜜柑”のように他のメンバーへ伝染し、プロジェクト全体の士気を下げかねないのです。

職人技を品質向上に生かす

 PMOとしては、そのような職人が活躍できる場を設けて、プロジェクト全体の品質向上を図るべきです。例えば、職人の活躍の場として、以下のような役割が考えられます。

(1)各チーム間の成果物を横断的にレビューし整合性をとる役割を与える。
(2)手順書やマニュアル、サンプルを作成してもらう。
(3)標準化ルールを作成し、メンバーの成果物のチェックをしてもらう。
(4)次の工程で必須となる、難易度の高い課題を先行して担当してもらう。

 また、第22回の『PMOは火消しの「遊軍」たれ』で述べたように、業務的に難しい課題に対して、大事になる前に火消しをするような遊軍的な役割もいいかもしれません。

 つまり、職人が保持しているノウハウをプロジェクト全体で共有し、他のメンバーが活用できるような役割を与えるのです。その結果、プロジェクト全体の品質が高まるだけでなく、プロジェクト全体のパフォーマンスを向上させることも期待できます。

 皆さんのプロジェクトでも、職人が持っているノウハウをどのように引き出し、有効活用できるか、一度話し合ってみてはいかがでしょうか。

第32回 “職人”を生かす環境づくり

プロジェクトの中には“職人”と呼ばれるようなメンバーが1人や2人はいるだろう。職人はパフォーマンスが高く、高品質な成果物を作るが、意外にも、それがあだとなってプロジェクトの生産性を下げるケースが多い。顧客が、すべての成果物に“職人品質”を求めるからだ。そんな時、PMOはプロジェク ト全体が過剰品質にならぬよう、職人技を生かす場づくりに取り組もう。

後藤 年成
マネジメントソリューションズ マネージャー PMP

 

 皆さんのプロジェクトの中にも、「ここまで書くか」というくらい詳細な業務フローを書けたり、高品質なプログラムを他のメンバーの2倍以上のスピードでコーディングしたりできる“職人”がいるのではないでしょうか。

 このようなスーパーマンやスーパーウーマンはモチベーションが高く、高品質な成果物を作るため、プロジェクトにとって非常に貴重な存在です。ただし、 PMOが職人の振る舞いをある程度導いてあげないと、意外にもプロジェクト全体としての生産性が落ちるケースが多々あります。

 高品質な成果物を作る職人が活躍すると、なぜプロジェクト全体の生産性が下がるのでしょうか。それは、職人はスキルもパフォーマンスも高いため、「過剰 な品質」を作り込んでしまいやすいためです。職人により過剰に作り込まれた品質に対して、「他のメンバーが受け持つ他の部分の品質が追いつけない」という現象が発生するのです。

顧客は一番高いレベルに合わせて全体品質を求める

 PMBOKには品質の定義として「品質とは、本来備わっている特性がまとまって、要求事項を満たす度合い」と定義しています。ここで言う品質の要求事項とは、「プロジェクト計画書などで定義されたコストや期間を考慮しつつ、プロジェクトの目的を満たせられる品質」だと言い換えられます。

 ここで重要なポイントは、「過剰な品質は不要」ということです。あえて大げさに言うなら、社内のコミュニケーション・ツールを作るのに、スペースシャト ルの通信システムのような、絶対に故障を起こさないほどの信頼性や冗長性は不要です。PMOはプロジェクト計画書で定義された「適切な品質」を目標とし て、品質をコントロールしていかなければならないのです。そうしないと、予算や納期を守れません。

 職人が作る成果物は、高品質ですばらしいものです。しかし、顧客から見ると、その一番高い品質の成果物が基準になってしまいがちです。他のメンバーが作 る成果物にも、その“職人品質”を求めてきます。もし、あなたが顧客の立場だったらどうでしょうか。品質がばらついていたら、きっと品質の高いほうに揃えてくれと要求することでしょう。

 こうなると、プロジェクトとしては大きな問題です。顧客が求める品質と、平均的なスキルのメンバーが作る成果物の品質にギャップができてしまうのです。

 では、職人に「他のメンバーの品質に合わせて成果物を作ってくれ」と指示すればよいのでしょうか。もちろん、それはあり得ない指示です。パフォーマンスが高い貴重な職人を有効に活用できないばかりか、職人のモチベーションを下げてしまいかねません。

 そればかりか、プロジェクト全体への悪影響も懸念されます。職人と呼ばれる人々は“声の大きい人”であり、非公式な場で大きな力、大きな影響力を保持し ている場合があります。つまり、職人のモチベーションを上げて、十分な活躍の場を与えれば、組織としてのパフォーマンスが上がるけれども、逆に職人のモチベーションを下げてしまうと、“腐った蜜柑”のように他のメンバーへ伝染し、プロジェクト全体の士気を下げかねないのです。

職人技を品質向上に生かす

 PMOとしては、そのような職人が活躍できる場を設けて、プロジェクト全体の品質向上を図るべきです。例えば、職人の活躍の場として、以下のような役割が考えられます。

(1)各チーム間の成果物を横断的にレビューし整合性をとる役割を与える。
(2)手順書やマニュアル、サンプルを作成してもらう。
(3)標準化ルールを作成し、メンバーの成果物のチェックをしてもらう。
(4)次の工程で必須となる、難易度の高い課題を先行して担当してもらう。

 また、第22回の『PMOは火消しの「遊軍」たれ』で述べたように、業務的に難しい課題に対して、大事になる前に火消しをするような遊軍的な役割もいいかもしれません。

 つまり、職人が保持しているノウハウをプロジェクト全体で共有し、他のメンバーが活用できるような役割を与えるのです。その結果、プロジェクト全体の品質が高まるだけでなく、プロジェクト全体のパフォーマンスを向上させることも期待できます。

 皆さんのプロジェクトでも、職人が持っているノウハウをどのように引き出し、有効活用できるか、一度話し合ってみてはいかがでしょうか。

第34回 火を噴いてからPMOを入れても遅い!?

プロジェクトが火を噴きそうだからPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を入れて立て直す――。これも1つの考え方ではある。だが、プロジェクトの最初からPMOを参画させ、運営を安定化させたほうが、品質面でもコスト面でも結局は得なのではないだろうか。

田口正剛
マネジメントソリューションズ 取締役

 

 プロジェクトの状況が悪化してきたときの打開策として、プロジェクトにPMOを参画させるのは常套手段といえるでしょう。ただし、PMOが途中参画した 直後には、新しいマネジメントの導入により一時的に現場がばたつくこともあります。こうした一時的な問題を、「マネジメント・プロセスがうまく回っていないから問題なんだ」という責任転嫁の議論に持っていく風潮が多く見受けられます。

プロジェクトマネジャ:「PMOは、マネジメント・プロセスの改善よりも現場チームのマネジメント支援に入って状況を毎日報告できるようにして下さい」

PMO:「マネジメント・プロセスを改善しないと、PMOは毎日ヒアリングに無駄な時間をかけなくていけません。そうすると、次フェーズを見越した計画作業など、PMOとしてやるべき作業ができなくなり、“その場しのぎ”のプロジェクトになってしまいます。今のマネジメント・プロセスを改善 するために、3日ほど時間を下さい」

プロジェクトマネジャ:「今はそんな悠長なことを言っている場合じゃない! PMOは、言われた通りに作業をすればいいんだ」

きちんとしたマネジメント・プロセスを確立してこそ生きるPMO

 上記のような状況を見たことがある方は多くいらっしゃるかと思います。書籍やWebなどで「コンサルタントをうまく使う術」といった類の情報が多く出回っていますが、「PMOをうまく使う術」というのは、世の中にそう多くは出回っていないと思います。そのためか、まだまだ“もったいない活用”しかでき ていないプロジェクトが多いことは否めません。

 PMOがプロジェクトに参画する際のパターンは大きく2つあります。

 1つは、プロジェクトがうまく推進するように、プロジェクトの開始当初からPMOが参画するパターンです。PMOはマネジメント・プロセスを整備し、プロジェクト状況の見える化を実現します。次フェーズ以降に必要な作業計画の作成も手掛けます。

 もう1つは、プロジェクトの途中から、いわゆる“火を噴いた状態”の中に「火消し部隊」として参画するパターンです。そういうプロジェクトではマネジメント・プロセスが定着しておらず、遅延、リソース不足、品質悪化、コスト超過が常態化しつつある状況にあるでしょう。

 過去に手掛けた案件や周囲の方の意見を聞く限り、世の中のプロジェクトは後者の「火消し部隊」としてPMOを参画させるパターンが多いようです。この場合、PMOのメンバーには「火消し部隊」としての経験や属人的なスキルが必要になってくるため、実行できる人材自体が少なく、相当な単価(人件費)になってしまうことは避けられません。

 コスト面だけで言うと、PMOがプロジェクト開始当初から参画している場合と、問題が起きてから参画する場合とでは、結果的に費用が同程度かかる可能性が高いと思います。場合によっては、火消し部隊のほうが高くつく事態も起こり得るでしょう。

 火消し部隊を投入しなければならないと気付くタイミングでは、「時すでに遅し」となっている可能性が非常に高いものです。火消し部隊の役目が、プロジェクトを終わらせるための落とし所を模索する活動に変わっていることも多々あります。

経営層の理解が一番必要

 みなさんは、どちらを選択するでしょうか?

 マネジメント・プロセスを場当たり的に強化するのではなく、可能な限り事前に準備しておくことは、リスクの軽減につながります。本連載の『プロジェクト内のあらゆる「無駄つぶし」に注力せよ』でも述べた通り、PMOはプロジェクトの管理事務部隊ではなく、プロジェクトの生産性を向上させるための組織です。プロジェクトの開始当初からマネジメント・プロセスを整備し、プロジェクトを円滑に推進できるように準備することを、世の中のプロジェクトマネジャに推奨します。

 この考え方は、現場のプロジェクトマネジャだけでなく、組織のマネジメント層の方々が理解しないと、なかなか受け入れられにくいかと思います。本連載を読まれているマネジメント層の方々に、少しでも参考になれば幸いです。

第35回 アプリvs.インフラ,担当者はなぜ分かり合えない?

プロジェクトを進める上で必ず起こる問題は、担当者間、チーム間の「コンフリクト(対立)」である。特に、アプリケーションの担当者(チーム)とイ ンフラ担当者(チーム)の間では、経験上、どんな現場でもコンフリクトを起こす。最悪の場合、プロジェクトの成否にかかわる問題に発展する。主な原因は3 つ。そのそれぞれについて、PMOがどう対処すべきかを考えてみたい。

後藤 年成
マネジメントソリューションズ マネージャー PMP

 

 プロジェクトを進めるに当たって、現場で必ずといっていいほど出てくるコンフリクトと言えば、「インフラ(システム基盤)」と「アプリケーション担当 者」の対立ではないでしょうか。特に最近のプロジェクトでは、さまざまな技術を組み合わせてシステムを開発するため、インフラ部分は技術系の専門チーム、あるいはほかの開発ベンダーが担当するケースが多いと思います。

 PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)としては、当然、アプリ・チームとインフラ・チームをうまく調整しながらプロジェクトを進めていかなければなりません。しかし、対立する原因がよく分からなければ、適切な対処はできません。私の経験上、アプリ・チームとインフラ・チームが対立する原因は、 大きく分けて以下の3点にあると考えています。


(1)お互いがインフラ(アプリ)のことを知らない
(2)プロジェクトの成功よりも自分の組織の成功を最優先に考える
(3)「相手が決めてくれないと自分の作業が進まない」という理屈が横行する

 なかなか根が深い問題です。このような対立が最もよく出る性能問題を例に、PMOとしての対処の仕方を考えてみましょう。

チーム間の協力を、自主性に任せず「仕組み」として整備する

 まずは、『お互いがインフラ(アプリ)のことを知らない』という問題について。現在プロジェクトマネジャとして活躍されている方の大部分は、アプリケー ションかインフラのどちらかのチームで、チームリーダー、プロジェクトリーダーを経てプロジェクトマネジャになった方ばかりだと思います。アプリケーションとインフラの両方のチームリーダーを経験したという方は、最近では少数派です。

 IT業界の最近の傾向として、チームリーダーになるころから、将来アプリケーション・エンジニアを目指すのか、テクニカルなインフラ系エンジニアを目指すのか、キャリアパスを決めてしまいます。また、大きな会社ともなると、そもそもインフラ系とアプリ系で組織自体が別々になっています。エンジニアとして の専門性を高めるための施策としては当然ですが、インフラ・チームとアプリ・チームの間にコンフリクトを生む下地にもなっています。

 かなりベテランのプロジェクトマネジャの話を聞くと、昔はプロジェクトにおいてアプリやインフラという区別そのものがなく、なんでも自分でやっていたとよく聞きます。そういう意味で、以前と比べてお互いを理解しづらくなっているのは納得がいきます。

 しかし、当たり前の話ですが、アプリかインフラの片方だけでシステムを開発することはできません。アプリとインフラがそろって、初めてシステムとしての 価値があるのです。それを担当する人と人の間にも、「協働して価値を生む」という意識が必要なわけですが、残念ながら現実は厳しい状況にあります。

 例えば性能問題が生じたき、どのようなコンフリクトが生じるでしょうか。原因が特定されるまでの間、アプリ側は「データベース(DB)のパラメータ設定 など、インフラ側がおかしいのではないか」と考えます。一方のインフラ側としては、「アプリ側のSQLやロジックの組み方が悪いのではないか」と考えるで しょう。大抵の場合、双方に問題がある場合が多いのですが、こんな責任転嫁がよく起こります。

理由は単純です。お互いが別々に成果物を作り、それぞれができたところで組み合わせてみて、初めて双方の不整合に気づくからです。

 両者とも、単体で見れば決して間違ったものを作ろうとしているわけではありません。例えば業務しか知らないアプリ担当者にしてみれば、アプリケーション を設計書通り作れば、「あとはインフラ側が性能のよい“ハコ”を作ってくるはずだ」という勝手な思い込みがあるのかもしれません。逆もまたしかりです。

 このような齟齬(そご)が発生する原因は、「最初からそれぞれの成果物を見せ合って、話し合いながら一緒に作っていく」という意識や行動が欠けているた めです。極端にひどい場合には、システム・テストのフェーズになって初めて性能テストを実施し、設計通りの性能が出なくてプロジェクトが迷走する、といった例もあります。

 開発に着手する段階からアプリ、インフラの両チームが協力し合えば、このような状況は避けられます。例えば、アプリ・チームが作成した設計書をインフ ラ・チーム側で精査して各種パラメータを検討するとか、性能が出ないと思われるアプリについて単体テスト段階からインフラ・チームと検討する、といった協力体制があれば問題は未然に防げます。PMOはそのような協力体制を「仕組み」として作り込んでしまうことが必要なのです。メンバーの自主性だけに任せておくと、いつまでも同じような問題が繰り返し起こります。

「プロジェクトの成功」がメンバーの目的になるよう仕向ける

 次に『プロジェクトの成功よりも自分の組織(チーム)の成功を最優先に考える』という問題を考えてみましょう。前段でも述べましたが、アプリ・チームと インフラ・チームはしばしば組織が異なります。例えば、アプリ・チームが所属している部署が顧客からプロジェクトを受注して、インフラ面の支援を別の部署に依頼したとします。始めは両者が協力的に仕事をしていますが、一度プロジェクトに問題が発生すると、インフラ・チームは自分の組織を守る方向に走りがち です。特に、事業部制などで部署ごとに利益目標が課されている場合などは、その傾向が強いと言えそうです。

 インフラ・チームにしてみれば、極端な話、自分の組織の収支を赤字にし、自分の評価を下げてまで、ほかの部署のプロジェクトを成功させようとは、よほど のインセンティブやプロジェクトマネジャのリーダーシップがない限り思わないでしょう。そんな時に、「うちの部署ではそこまでの責任を持てない」とか、「ここの範囲はうちの部署の役割ではない」といった非協力的な話がよく出てきます。

 このような場合にPMOは、プロジェクトが1つの方向を向くようにナビゲートしなければなりません。上位組織に呼びかけるなどの対応は不可欠ですが、あくまでも『プロジェクトの成功が最も重要なゴールである』とプロジェクト全体に示す必要があります。その意味において、「プロジェクトとして成功したかど うか」を人事評価項目に含めるのも1つの手だと思います。

タスクの“デッドロック”を防ぐ「課題のエスカレーション」

 最後に、『相手が決めてくれないと自分の作業が進まない、という理屈が横行する』という問題を取り上げます。

 計画段階で役割分担を決め、綿密なWBS(Work BreakdownStructure)を作成したとしても、必ずといっていいほど、「ここはアプリ(インフラ)で決めてくれないと先へ進めない」という課題が発生します。日々のタスクが忙しい中で、このようなタスクの優先順位はどうしても下がってしまいがちです。これがどんどん溜まっていくと、必ずどこかで「相手がやって くれないから、できない」という問題が相互に起こり、“タスクのデッドロック”が発生します。

 例えば性能評価において、インフラ側は「アプリ側がSQLの発行件数を示してくれないとDBのパラメータ設定ができない」と言い、アプリ側は「DBのパラメータ設定値が分からないとSQLの発行件数が見積もれない」と言い出すような問題が発生します。

 基本的な対処策は単純です。パラメータの暫定値を決め、性能評価の中でチューニングしていけばいいだけの話なのです。しかし、“あるべき論”を振りかざ して、担当者同士がつまらない意地の張り合いをすると先に進めません。もし、進捗上の課題の発見が遅れると、対応しようにも「時すでに遅し」という事態に陥るケースが多々あります。PMOはこのような課題を早期に発見して、「担当者同士の課題」から「プロジェクトの課題」へとエスカレーションできる仕組みを作る必要があります。

 今後も技術の発展や内部統制の厳格化、セキュリティの強化によって、ますますプロジェクト組織間のコンフリクトは複雑になっていくはずです。アプリとインフラの間で起こるコンフリクトは決してなくならないし、おそらく増えていくと考えられます。

 将来、プロジェクトマネジャやPMOを目指す方は、自分の専門性を高めることも大切ですが、ときには自分のキャリアパスを少し寄り道して、専門外のことを経験してみてもよいのではないでしょうか。相手側の事情が分かるプロジェクトマネジャを目指すなら、その経験がきっと役に立つはずです。

第36回 現場からの報告精度を上げる

進捗会議を定期的に開いていても、現場の状況が見えないことがある。そんなときは、PMOとリーダーで事前に打ち合わせを行い、進捗状況の深堀り(原因・本質の追求)をすることで、現場からの報告精度を改善していく手がある。

川上愛二
マネジメントソリューションズ マネージャー

 

 各チームの状況を確認、共有する目的で進捗会議を開催しますが、しばしば「現場の状況が見えない」という声が上がります。例えば、進捗会議の中で、以下のような報告を聞いたことはないでしょうか。

Aチームリーダー:「作業Aが予定より3日遅れています。来週は作業Aについて要員を追加することでリカバリする予定です」

 一見、遅れが明確になっていて、リカバリ策が提示されているので、進捗報告としては良いような気がします。ただ、そもそも「なぜ作業Aが遅れたのか」と いう点と、「作業Aが遅れることによる全体への影響」が明確になっていません。原因追求と影響分析の2点は、現場のリーダーがつい見落としがちになるもの です。

 そこで改善策としては、進捗報告フォーマットでこれらの点を記載する欄を設けることが挙げられます。

◇遅延作業
◇遅延日数、作業工数
◇原因
◇影響(他チーム作業、QCD)
◇リカバリ策
◇取り戻し時期

 ただし、進捗報告フォーマットに上記の項目を追加しても、なかなか報告の質が変わらないこともあります。というのも、原因追求と影響分析というのは、リーダー1人で行うことが難しい作業だからです。

自チームの進捗遅れの原因をつつかれたくない

 原因を追究する作業は、自チーム内に責任がある場合、リーダーにとっては非常につらいものです。それゆえ、原因を曖昧にしてしまいがちです。たとえ記載 ができたとしても、薄いものになるでしょう。また、現場リーダーとして遅延報告をする際は、やはり引け目がありますので、ついつい原因追求よりもリカバリ策の検討に走ってしまう傾向があります。

 原因が明確になっていないリカバリ策は、根拠がなく信頼できるものではありません。原因が明確でないと改善につながらない、という問題もあります。影響 分析という点でも、現場リーダーの視点は近視眼的になっているケースが多いでしょう。そのため、他チームへの影響や、フェーズ完了/全体計画のQCDとい う観点で考えることは難しいのです。

 そこで、これらの点については、小回りがきくPMOがサポートすることで改善が可能です。進捗会議の前に、チームリーダーと報告内容を確認する場を設けるのです。原因追求を進捗会議の中でやるとギスギスするものなので、個別に聞くほうが、いろいろと情報が出てきます。

 例えば、要員の問題など、気にはなっていても相談相手がおらず、リーダーが1人で悩んでいるケースもあります。PMOとの対話の中で原因の本質を探り、 論理的にレポートに記載してもらうようにします。影響分析についても、客観的、全体的な視点を持ったPMOと対話することで、深堀りが可能となります。ま た、リーダーも業務知識が少ないPMOと話すことで、課題の論点が明確になったり、現場から一歩下がって、客観的、全体的な視点で話すことができます。

非公式な個別ヒアリングだと、重要なリスクがぽろっと出やすい

 意外なことに、こういう個別ヒアリングの中から重要なリスクがぽろっと出るものです。このようなリスクも拾い上げ、レポートに記載してもらいます。加え て、プロジェクトの方向性やプロジェクトマネジャが懸念しているポイントをリーダーに伝えて、進捗報告に加筆してもらうなど、プロジェクトマネジャと現場のベクトルを合わせる良い機会になります。遅れがちなToDoや課題についてのきめ細かいフォローの場にもなるでしょう。

 大規模プロジェクトではマルチベンダー体制になっているせいもあり、なかなかコミュニケーションが円滑にならなかったり、チームによっては言いたいこと が言えない場合があります。このようなチームにヒアリングを実施すると、愚痴などが滝のように出てきますが、そんな中からプロジェクト全体にエスカレーションして解決すべきものを話し合っていくことも重要です。事前にPMOと打ち合わせをしているため、リーダーが進捗会議で報告しづらい状況になっても、 PMOが助け舟を出したり、バックアップすることが可能です。

 事前打ち合わせというと、最初は各チームから抵抗があるかもしれません。しかし、報告精度を上げる一時的な作業として実施していけばよいと思います。報 告精度が向上し、見える化が実現してくれば、打ち合わせはやめて、立ち話程度でフォローしていけばよいでしょう。このような視点で書かれた進捗報告であれば、プロジェクトマネジャも納得しますし、進捗会議の中でより深い議論に時間を使っていくことができます。

第37回 「常識ではあり得ないこと」がまかり通る現場

「会議に30分遅れても平気」「1人日=18時間で見積もる」など、プロジェクトによっては、常識ではあり得ないことが普通にまかり通っている。こ うした驚くべき組織文化に遭遇したときは、どんなに高等なマネジメント技法も通用しないだろう。相手には常識が通用しないのだ。PMOは、その根本的な原 因を断つことから始めなければならない。

後藤 年成
マネジメントソリューションズ マネージャー PMP

 

 プロジェクトの現場では、普通なら考えられないようなことが起こります。以下は、私がいままで目にしたことのある現場の状況です。皆さんもこのような事態が起こっている現場を見たことはないでしょうか。


・仕事の目的が、自分(自分の組織)を守ることになっている
・約束や期限が守れないことに、何の罪悪感も抵抗感もない
・現場の運用改善に無関心(いくら忙しくても、今の状況を変えたがらない)
・会議に平気で30分以上遅れる(主催者が時間通りに来ない)
・無断で遅刻しても罪悪感を感じない(当たり前だと思っている)

・議事録から不都合なことを削除する
・人よりも多く残業することが評価基準となっている
・1人日を18時間で見積もる
・情報が権力の源となるため、伝えるべき情報を誰にも伝えない
・正当な理由で客に怒られても反省なし。内部の会議では客の悪口で盛り上がる

・悪いことは報告しない(報告できない雰囲気)
・メールのやり取りの中で、すぐ喧嘩が始まる
・どの会議に誰が出るべきなのか、誰も分からない
・偽装請負の認識が全くない
・必要なソフトウエア・ライセンスがなく、試用版を使いまわしている

・困ったら、すぐに「PMOがなんとかしろ!」と言う
・タスクの依頼メールのあて先が同報アドレス(とりあえず、全員に投げる)
・新メンバーの受け入れ態勢が全くない(放置しっぱなし)
・精神的な負荷が大きく、無断欠勤するメンバーが続出する
・意味もなくチームが増えたり、減ったりと体制が頻繁に変わる

・土日出勤が前提のスケジュールを組む
・何を報告したいのかが分からない無駄な資料が多い
・会議が、問題解決の場ではなく、顧客からしかられる場となっている
・課題管理がされていない(何が課題か分からない)
・現実と乖離したWBSやマスター・スケジュールで進捗管理している。
 あるいはWBSやマスター・スケジュール自体がない

 上記のような現象が起こっている場合、プロジェクトが順調に進んでいることはまずありません。では、どうして上記のような「普通では考えられない事態」が発生してしまうのでしょうか。

 最初はまともな組織文化を持っていたプロジェクトがあったとしましょう。しかし、プロジェクトが危なくなり、休日出勤や徹夜などが続いてプロジェクト・メンバーの士気が低下すると、まさかと思うような習慣が不文律としてプロジェクトに定着してしまうことがあります。

 たとえ優秀なメンバーであったとしても、トラブル続きで日々の業務に追われ、クライアントから毎日叱られてばかりいると、思考力が停止してしまいます。 日々、叱られずに乗り切ることが目標となってしまうのです。このように一般的な常識が麻痺してしまう現場を、この目で何度も見てきました。普通ならあり得ない行動が、そのプロジェクトでは当然のこととなり、当事者は何の疑問も持たなくなってしまうのです。

 こんな現場でPMOがどんなに孤軍奮闘しても、暖簾に腕押しの状態となってしまいます。「依頼されたことは責任をもって正しく実施する」という社会人として当然のことができない現場なのですから。

異常な状態を作った原因を探る

 このような状況に遭遇した時、PMOはまず根本的な原因(現在の状況が習慣として根付いてしまった原因)を断たなければなりません。どんなに素晴らしいプロセスを導入したとしても、すぐに形骸化してしまうことを胸に刻んでおく必要があります。経験上、このような状況になってしまった原因として、多くは以 下のような点にたどり着きます。

(1)怒られたくないから責任を取りたくない
(2)みんながやらない(やってくれない)から私もやらない
(3)忙しすぎるから自分のことしか考えられない

 さらに深掘りして考えてみましょう。なぜ、このような考えが悪習として定着してしまったのか、あなたは想像できるでしょうか。

上司の「まぁいいか」が悪習になる瞬間

 ある程度の規模のプロジェクトになると、多数のビジネス・パートナーが一緒になってプロジェクトを進めるのが現状です。そのような場合、一般的には次のような力関係が存在します。

発注企業 > 元請けプロパー > ビジネス・パートナー > 2次請け > …

 また、さらにプロジェクトではプロジェクトマネジャを頂点として、次のようなラインができます。

プロジェクトマネジャ > … > チームリーダー > … >メンバー

 こうしたピラミッドの上の方に位置する人ほど、組織に対する権限が大きい半面、「組織をダメにするパワー」も大きいと言えます。

 例えば、チームリーダーが当たり前のように進捗会議に10分遅刻してきて、プロジェクトマネジャもそれが当たり前のように何も注意しなかったとします。その会議には他のビジネス・パートナーやメンバーも同席していました。さて、次回の進捗会議の時、すべてのメンバーがきちんと時間通り集まってくると皆さ んは想像できるでしょうか。

 また、リーダーがプロジェクトマネジャに依頼していた事項を、プロジェクトマネジャが忙しく実施していないことが何回もあったとしましょう。別の機会にプロジェクトマネジャに急ぎの仕事を依頼した時、そのリーダーはどうするでしょうか。

 さらに、そのような文化で育ったリーダーが他のサブリーダーやビジネス・パートナーからの依頼に対して、どのような態度で対応するでしょうか。容易に想像できることと思います。

 このように、悪習は地位や権力があればあるほど、その「まぁいいか」がプロジェクト全体に広まっていき、「気が付いたら、どうしようなもい悪習になって いた」というケースが頻発しています。外部からプロジェクトに参画するとよく分かるのですが、当事者たちはその文化に慣れきっているため、すぐに習慣を改めることはできません。

 その習慣に浸っていた時間が長ければ長いほど、まともな状況に戻すのは時間がかかります。まだ1つのプロジェクトならどうにかなりそうですが、その会社の文化(悪い意味で)として定着してしまっている場合は、入社以来当たり前のことですから、本人にしてみれば少しもおかしいこととは思っていないのです。

ロジェクトマネジャが率先して襟を正す

 このようなプロジェクトをPMOとして立て直すとき、どんな立派なツールやプロセスを導入しても意味はありません。一番必要なのは「当たり前のことを当たり前にやる」ことです。つまり、「依頼されたことは責任をもって正しく実施する」という社会人としてのルールを、プロジェクトマネジャなどのトップ自ら が率先して実践することです。そして、ルールを破った人をきちんと注意することを徹底していくしかありません。先に述べたように、怒られたくないから「まぁいいか」、みんながやらないから「まぁいいか」、忙しすぎるから「まぁいいか」という考えを撲滅しなければなりません。

 PMOとしては、プロジェクト上必要な「当たり前のこと」を明確にして、地道に啓蒙していく必要があります。それは本当に単純なことです。「会議の時間には遅れずに集まりましょう」とか「自分のタスクは期限までに実施して、できない場合はその旨を早めに相談しましょう」とか「怒られるからといって、進捗 報告に嘘を書くのはやめましょう」とか…。一見当たり前のような事を繰り返し周知して定着していくことから始めなくてはなりません。そのような土台ができ て初めて、管理プロセスの導入やプロジェクト・マネジメント・ツールを有効に利用できるのです。

 とはいえ、今までの習慣を変えることは一朝一夕にできることではありませんし、このような愚直な啓蒙作業を続けて変化を引き起こすのにも限界がありま す。そのような時は、「プロジェクトマネジャを管理型スタイルの厳しいプロジェクトマネジャに交代させる」「経営層に訴えかけて現場の雰囲気を引き締める」など、PMOは外からの力をうまく利用してドラスティックに現場を変えることも視野に入れるべきです。ただし、頼りにしたいトップ層でも自覚や危機感が全くない場合も多く、そんな場合はトップ層の啓蒙から根気強く始めなければいけません。これは頭の痛いところです。

 さまざまなプロジェクトに参画した経験から言って、「当り前のことが、当たり前にできる」現場は、よほどの外的要因がない限り、危機的状況にまで追い詰 められることはありません。PMOは、「当たり前のことが、当たり前にできなくなった時」をプロジェクトの危険信号とみなし、当たり前のことができなく なった理由を突き止め、早急に解決すべきです。

第38回 「木を見て森を見る」マネジメント

プロジェクトが予算超過せずに完了したとしても、それが本来目指した「成功」だったとは言えないケースが意外と多い。原因の1つは、プロジェクトマ ネジメントが「木を見て森を見ず」になっていることだ。プロジェクト(木)ばかりに目配りし、企業組織(森)に内在する課題への理解や対処が疎かになっている。

高橋信也
マネジメントソリューションズ 代表取締役

 

 そもそもプロジェクトは、なぜ必要なのでしょうか。一般的な解釈としては、プロジェクトは既存のライン組織では乗り切れない課題を解決するために作る組 織です。もちろんコンサルティングにしても、システム開発会社にしてもプロジェクトそのものがビジネスになっている企業は別に考える必要がありますが、プロジェクトを発足させる企業側にとっては課題解決のための組織やアクティビティと考えてよいと思います。そして、新しいものに挑戦するためにプロフェッ ショナルを集め、予算・期間の制約の中でミッションを達成するために行う活動です。つまりプロジェクトは、「非常に困難なことに立ち向かう」という宿命を背負って生まれるのです。

 では、なぜプロジェクトは失敗するのでしょうか。ビジネス環境の激変、トップマネジメントの“朝令暮改”、予算の締め付け、人材不足など、いろいろな理 由はあると思います。プロジェクトを成功させるためにプロジェクトマネジメントを導入したり、PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を設置したりす る企業は増えていますが、残念ながら、多くは予算管理を厳しく行うための組織であるようです。

 プロジェクトの目的を考えれば自明のことですが、予算を超過しないことだけがプロジェクトの成功でしょうか。確かに失敗はしないかもしれませんが、それだけでは決して成功とは言えません。何かが決定的に欠けているのです。

プロジェクトは「企業全体にかかわること」

 最近、こんな相談を受けました。上場している新興ベンチャー企業が、「今後の新事業を立ち上げるためにプロジェクトマネジメントを徹底させたいが、うま く行かない」という話でした。システム開発に直接関係するわけではありませんでしたが、このプロジェクトがベンチャー企業の経営に直結していることはお分かりでしょう。

 また、あるグローバル・パソコン・メーカーでは、世界中で進行しているプロジェクトの内、700程度は本社で把握・管理しているという話を聞きました。管理されていないプロジェクトを合わせると、数千レベルで存在するのだと思います。もちろんこの数字は、システム開発のプロジェクトだけでなく、新製品開 発プロジェクトなども含んでいます。この例からは、「プロジェクト」という組織が企業組織全体に密接にかかわっていることが分かります。

PMOが持つべきマネジメントの視点

 「プロジェクトの成功」を考えるとき、欠いてはいけない視点の1つは「プロジェクト組織と既存のライン組織が“不可分”な関係にある」ということでしょ う。繰り返しますが、プロジェクトは「通常の企業組織で対応できない問題を解決するために発足するもの」です。したがって、企業が解決したい問題は既存のライン組織の中にあり、常にプロジェクトの外側にあります。プロジェクトとライン組織の間に密接なコミュニケーションが必要なことは、改めて言うまでもな いでしょう。

 だからこそ、プロジェクトマネジャの重要な役割は「ステークホルダー・マネジメント」なのです。読者の中にも日々、企業組織内の調整に駆け回っている方 が多いかと思います。プロジェクトマネジャは、既存のライン組織とプロジェクト組織の狭間で、両者の橋渡しをするべく孤軍奮闘しているのです。

 こんなプロジェクトマネジャを全面的に支援することこそ、PMOに求められるミッションです。

 ただし、PMOの実情を見ていると、PMOに従事している方の多くはこのミッションをあまり意識していないように思えます。プロジェクトマネジャだけを見て仕事をしているPMO、管理標準の徹底ばかりに目が向いているPMO、そもそも立ち位置が定まらず機能不全に陥っているPMO――などです。

 これらのPMOに決定的に欠けているものは、「木を見て森を見るマネジメント」の視点です。すなわち、プロジェクトマネジャと同じ目線でプロジェクトとライン組織の両方を見る姿勢です。

 プロジェクトというのは、プロジェクトメンバーだけを見ていてはマネジメントできませんし、ステークホルダーだけを見ていてもマネジメントできません。 両者の人・組織すべてに目を配り、マネジメントするのはプロジェクトマネジャの役割ですが、プロジェクトが複雑化・高度化している現在、1人のプロジェク トマネジャがすべてを見回せないケースが非常に多いと考えています。だからこそPMOの存在意義があるのです。

 プロジェクトマネジメントを実行していく上で、プロジェクトマネジャの視野が直接の関係者だけに限定されていることが多いように思います。これでは企業 が抱える問題に正対できない危険性があります。もしそうなれば、プロジェクトの「本当の成功」は得られないでしょう。PMOとプロジェクトマネジャが「木 を見て森を見る」マネジメントを共に実践していけば、そうしたリスクは自ずと小さくなります。

 「木を見て森を見る」視点は一朝一夕に磨けるものではありません。多くのマネジメントを実践していく中で育まれるものです。経営者は、そういった人材の育成・確保に、長期的に取り組んでいくべきと考えます。

第39回 「非公式な打診」が「公式な大問題」に発展するリスク

プロジェクトで生じるさまざまなコンフリクトを解決する際、関係者に非公式な事前説明(根回し)をして回るやり方は有効だし、それこそPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)の仕事でもある。だが、相談相手を見極めないと、プロジェクトを混乱に陥れることがある。

後藤 年成
マネジメントソリューションズ マネージャー PMP

 

 「混乱が予想される議論をスムーズに進めたい」「公式の場で“思わしくない話”をするときは、ショックを軽減するために、キーパーソンには事前説明しておきたい」「電話でこの話をするのはちょっと…」――。

 非公式なコミュニケーションは、このような状況を打開し、仕事を円滑に進めるために極めて有効な手段です。公式な場では立場上「建前」しか言えない人が 多いと思いますが、そんな人でも、非公式な場では本音をぶつけ合えます。利害関係者が互いに歩み寄りながら、プロジェクトの目的に向かって落としどころを探すためには、非公式なコミュニケーションが欠かせません。

 しかし、相談相手を間違えると、かえって問題を広げてしまう危険性を秘めています。

 筆者が実際に経験した話です。あるプロジェクトで、どうしても仕様変更を受け入れざるを得ない状況になり、稼働時期を1カ月延期しなければならなくなりました。筆者は、いきなり公式の場で言うといろいろ問題が発生すると考え、事前に顧客側の担当者に「5分だけよろしいですか?」と声を掛け、カットオーバーの延期について相談を持ち掛けました。

 この後、どうなったと思いますか? 筆者の意図とは逆に、大問題に発展してしまいました。

相談相手の立場や行動パターンを見極める

 筆者が相談を持ちかけた顧客側の担当者は、自分だけでは如何ともしがたいと考え、上司に「公になっていない問題が発生している」と報告してしまいまし た。この時点で、「非公式の相談」のはずが、「公式的な大問題」に変貌してしまいました。こちらとしては、「あなた(一部の関係者)だけにお話します」「対応策やリスケジュール案を冷静に聞いてください」という意図があったわけですが、それを全く汲み取ってもらえませんでした。結果、一時的にプロジェク トは騒然となり、問題を収拾するために、想定外の時間と労力をかける事態に陥ってしまったのです。

 筆者の認識が甘かったと言えばそれまでなのですが、相談相手の立場や権限、もっと言えばその人物の行動パターンまでを予測しておくべきでした。「5分だ けよろしいですか?」という非公式的な問いかけは、多くの場合に有効ですが、相談相手がそれに対してどう反応するのか(どう反応してほしいのか)を見極めることが重要です。

 先の例で言えば、顧客側の担当者に相談の意図を伝えきれなかったことが失敗の原因でした。「次の進捗会議で稼働時期の延期を話し合いたいと考えているが、その対応策やリスケジュール案を冷静に聞いてほしい」という意図を、もっと明確に相手へ伝えるべきでした。

根回しはPMOの武器

 一般的なプロジェクトマネジメントの書籍では、「コンフリクトは表出させて、公に解決していくもの」というガイドラインがよく示されています。確かに、表には出てこない根回しでPMOが暗躍しすぎると、周囲の反感を買いやすいのも事実です。

 しかし、プロジェクト運営を円滑に進めるための根回しは、PMOにとって重要なタスクの1つです。特に日本のプロジェクト(文化)においては、すべてを表舞台に出して解決していくよりも、上手に根回しをして事前にある程度の合意を得ておくほうが得策といえます。

 PMOと「根回し」は切っても切れない関係にありますが、たった1つ、「相談する相手をよく見極めること」だけは肝に銘じてください。

第40回 「検討経緯が残っていない」というリスク

プロジェクトの中で、さまざまな判断、意思決定がなされるが、その結論に至るまでの検討経緯は、なぜかドキュメント化されていないことが多い。各メンバーの頭の中に「あいまいな形」でしか残っておらず、いざという時、大きなリスクとなり得る。

川上愛二
マネジメントソリューションズ マネージャー

 

 システム開発を進める中で、各メンバーはさまざまなドキュメントを作成します。大別すると、設計書など事前に定義された成果物と、その成果物を作成する までの検討資料になります。前者はプロジェクトの成果物であるので、抜け・漏れなく作成しなければなりません。納品物件なので当たり前ですが、“過不足” があればすぐに目に付くでしょう。

 では後者についてはどうでしょうか。例えば、分科会での検討資料が挙げられますが、これが残っていないケースが目に付きます。残っていない理由はいくつ かあります。判断、結論に至るまでの内容を口頭だけで済ませ、議事録などのドキュメントになっていないケースとか、ドキュメント化はしているが各メンバーのローカルPCに保管している、またはプロジェクト文書サーバー上のどこにあるか分からないといったケースです。

あのとき、検討経緯を書き残していれば…

 一見すると、「成果物(設計書)さえきちんと作成されていれば、プログラミングも進められるので問題ない」という論理が通りそうですが、どうでしょうか。次のような事態に直面した経験のある方は多いと思います。

(1)「システム対応しない」と決まった要件がマネジメント層の一声で復活。検討を一からやり直すことになった…
(2)開発会社から仕様に関する質問が来たが、即答できず、ユーザーに要件を再確認しなければならなかった…
(3)前任者から仕事を引き継いだが、数週間は現状整理に追われ、作業が進まなかった…

 (1)は典型的な「スコープの揺り戻し」の例です。マネジメント層の朝礼暮改はプロジェクトにとって必ずしも悪いとは言いませんが、無用な議論は省きたいものです。要件を採用しないと決めた経緯やポリシー、前提条件などを、課題管理表や検討資料にきちんと残していれば、スコープの揺り戻しを防げる確率は 高まります。スピーディに論理的な検討資料を提示できれば、マネジメント層に訴求できるでしょう。

 (2)は開発会社からの指摘事項について、そもそも検討漏れであったか否かを判断できていないことが問題です。仕様に関連する業務、運用の背景や検討過程が記録されていれば、検討漏れか否かを即断し、新たな検討ポイントについてユーザーとの検討を迅速に開始できたはずです。ユーザーに要件を再確認すると いう無駄な工数はなくなります。

 (3)は開発作業の引き継ぎ時に、よく起こる問題です。成果物の説明だけ受けて引き継ぎを済ませてしまった場合に頻発しています。成果物を作成するに至った前提や背景まで引き継がないと、成果物資料の更新もままなりませんし、後続フェーズでの手戻りや品質悪化につながる可能性が高くなります。

 引き継ぎ資料に、設計のポリシー、コンセプトや前提、課題の検討経緯などが記されていなければ、前任者に対してドキュメント化などを依頼すべきです。引 き継ぎを100%達成することはまず無理ですが、ドキュメントを残すことで、達成率を上げることができます。また、新規メンバーの参画時にも、プロジェクトの経緯がドキュメント化されていれば立ち上がりが早いでしょう。

「書かねばならぬ」と分かっていても、忙しいから後回し

 いくつか例を挙げましたが、いずれも検討経緯などがドキュメント化されていれば、前述したような事態が発生するリスクを減らせたはずです。

 ドキュメント化の必要性は、耳にたこができるほど聞いていたり、また痛い目に遭った経験の持ち主も多いと思います。しかし、なぜか検討資料は残らないのです。一体、どうしてでしょうか?

 原因の1つは、当たり前のことですが、ドキュメント化という作業に手間がかかるためです。現場のメンバーはタイトなスケジュールの中で検討作業を進めているため、会議が終わっても、また次の会議の準備に追われています。検討結果を成果物に反映するところまではしても、検討内容を整理し、ドキュメントに残 すことは後回しになりがちです。会議で使用した検討資料の更新はおろか、議事録の作成も数週間後になり、検討内容は忘れ去られているでしょう。

ドキュメント化の文化を醸成するには?

 このような事態を防ぐために、PMOは「検討経緯を残す仕組み」を作る必要があります。議事録や課題管理表のフォーマットを見直し、検討経緯を書きやすくすべきです(『チーム間の“連携不足”に目を配る』参照)。また、検討資料を格納する場所をプロジェクト文書サーバー上に作成することも必要です。検討分科会ごとのフォルダや課題ごとのフォルダを作成し、関連する資料を一元管理できるようにすれば、各メンバーの検討資料の作成、保管の一助となります。

 PMOは、経緯を残す(ドキュメント化する)文化の醸成に努めることも大切です。各チームの分科会スケジュールや課題管理表を基に、検討資料が格納されているかどうかチェックをしたり、プロジェクト全体レビューをファシリテートし、客観的な視点で検討経緯、前提条件をレビューしたりすることで、ドキュメ ント化の文化を育むのです。リアルタイムにドキュメント化(情報の蓄積)を推進し、各メンバーの暗黙知を形式知にする活動は、『「教訓」の活用・蓄積をいかに促すか(後編)』でも取り上げたように、PMOの重要な役割です。

 プロジェクトは常に変化するものです。プロジェクトの検討経緯がドキュメント化されていれば、要件変更が発生した場合でも以前の検討結果に立ち戻って根 本から検討できますし、関係者の考え方や認識が統一され、無駄な工数がかからなくなります。たしかに検討経緯を残すのは手間な作業ですし、すぐに効果が出るものではありませんが、いざという時に計り知れない効果を発揮するでしょう。

 特に上流工程における判断が覆ると、大きなリスクとなります。リスク軽減策として判断根拠を残すことは、プロジェクト成功の鍵となるはずです。

 

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