中国の内需拡大を阻んでいるもの~「アフリカの陥穽」は避けられるのか

 

『アフリカの落とし穴』という寓話

 中国国内で流布している「非洲陥穽(アフリカの落とし穴))」という寓話をご紹介したい。  

  「第二次大戦後の60年間、アフリカ諸国は鉱物資源など一次産品の輸出を中心に急速な経済成長をした。海沿いには白亜の豪邸が並び、上流階級の人々が優雅 な暮らしをしている。しかし、豊かなのは沿海部分だけで、残りは相変わらず赤貧のままである。これを『アフリカの落とし穴』と呼ぶ。どうしてこうなるのだ ろうか。」

 「アフリカの某国で投資家が鉱山を開発して1000人の労働者を雇い、100万ドル儲けたとする。そのうち60万 ドルを労働者に給与として払い、残り40万ドルを10人の株主に配当したとしよう。1000人の労働者はその収入で1000人の女性を娶り、2000人の 子供が生まれ、食事をし、服を買い、家を建て、家具を買い、理髪店ができ、学校ができ、病院ができ、バーや映画館もできるだろう。」

  「配当を受けた10人の投資家は、消費に対応するために、デパートを開き、食品工場を建て、バス会社を始め、銀行もオープンする。そこでも同じ比率で労働 者に儲けを配分するから、また同じ循環が起きて、町はどんどん発展していく。数十年たって鉱山を掘り尽くした頃には、街はすでに数十万人の規模になり、産 業が興り、多数の中産階級が誕生して、初期の投資家たちは大富豪になっている。事実こうして米国の西海岸は発展してきた」

  「別のパターンもありうる。同じように鉱山を開発した投資家が1000人の労働者を雇い、100万ドル儲けたとする。そのうち90万ドルを10人の投資家 で配分し、残り10万ドルを労働者に給与として支払ったとしよう。労働者は食ってはいけるが、生活に余裕がないので、服を買うカネも家を建てるカネもな く、子供も学校に行かれない。商店もできず、せいぜい少数の理髪師や破れた服を繕うための裁縫師がいるだけだ。」

 「90万ド ルの配当を得た鉱山主たちは、儲かったがまともに投資する場所もないので、豪邸を建て、高級外車を買い、愛人を囲って(その多くは鉱山労働者の娘だ)、日 々パーティーに明け暮れる。儲かるのは建設業者と外国商人、たまたま富豪の愛人になった娘の家族や親類だけである」

 「こうし て数十年たって、鉱山を掘り尽くした頃には、残るのは依然として貧しい労働者の群れと荒廃した農村である。稼ぎ終えた鉱山主たちが去ってしまえば労働者は 失業する。仕方なく小商売を始めるが、せいぜい小食堂か雑貨店の類である。娘たちは仕方なく遠くの大都会に出て働くが、多くは生活のために怪しげな商売に 身を落としていく。」

 「果たして現在の中国は、『アフリカの落とし穴』にどれほどの距離があるのか?」

経済は急成長したが、労働者への配分比率は急降下

 これは巷に流布するお話だから、もちろん誇張があるし、極端に単純化した議論ではある。しかし、ここで語られている原理は、まさに中国が直面している経済構造の問題点を鋭く突いており、中国の「内需拡大」という議論の核心にある複雑さ、難しさを言い表している。

  中国政府の統計によると、中国の労働者報酬がGDPに占める比率(労働分配率)は2000年の51.4%から2007年には39.7%へと、わずか8年間 で12%近くも下がっている。つまり経済は急成長しているものの、逆に労働者への分配比率は急低下してしまっているわけだ。まさにこの寓話のような方向に 事態は進行しているように見える。

 ちなみにこの比率は、日本は55%程度、米国は57%程度であ る(計算方法によって多少の幅がある)。先進国はほぼ50%台で、中国はそれに比べて10~15%ほど低い。毎年の配分比率が仮に10%違ったとすると、 金利の計算と同じで約7年で2倍の差になる。その状態が20年、30年と続いたらさらに大きな差となって現れてくる。中国の現在の「内需不足」の問題は、 社会保障制度の未整備とか、教育制度の問題とか、さまざまな要因が絡んでいるが、その核心にはこの「労働者への配分が少ない」という問題が存在している。

  ではなぜ配分が少ないのか。それは簡単に言えば、付加価値の高い労働を提供できる人材が少ないからである。市場で競争力のある製品を産み出せる人がいるの なら、企業は高い賃金を払っても計算が合うから、いくらでも払う。しかし誰でもできる労働しか提供できないなら、企業は価格の安さで勝負するしかないか ら、賃金はいつまでたっても上がらない。要は労働力の提供者である「人」と、その買い手である「企業」の力関係の問題である。言い方を変えれば、中国の大 多数の「人」は主導権を取れず、簡単に「企業」に「使われて」しまっている。だからなかなか豊かにならない。

中国農村の「フィリピン化」とは

 上述した「アフリカの……」は労働者の話だが、中国では農村に関しても同じような話が語られている。それは中国農村の「フィリピン化」という議論である。

 「フィリピン化」とは、大まかに言うと次のようなことだ。

  フィリピンはもともと豊かな農業国だった。しかしスペイン統治の時代、荘園の所有者だった教会や地方総督、スペイン人の入植者などの支配階級による土地の 囲い込みが進んだ。タバコやサトウキビ、マニラ麻などの作物を栽培して輸出するためである。米国統治の時代にも軍関係者や海外の大企業グループなどによる 同様の土地の囲い込みが続いた。それにともなって大規模な農園が数多く生まれ、もともと自営農だった人々が小作農または農業企業の労働者になっていった。

 第二次大戦後も農地改革の必要性が常に叫ばれながら、既得権益層の力が強く、改革は遅々として進まなかった。近年では工業用地への転用が増え、それにともなって今度は農園の小作農や農業労働者が職を失い、都市に流入するようになってスラム化現象が進んだ。

 「これは現在の中国が歩もうとしている道ではないのか」という議論である。

農民個人をどうやって豊かにするか

 この連載の第4回で 書いたように、過去の中国は農村を意図的に搾取することで都市部を豊かにするという政策を取ってきた。だから農村が貧しくなってしまったのは必然で、現時 点では中国の農村にはあまり購買力がない。「家電下郷」といって、一部の家電製品に対して政府が13%の購入補助金を出し、農村での普及を促進するといっ た政策をやっているけれども、効果は知れている。まずは農村を豊かにしなければならない。

 ではどうやって農村を豊かにする か、というところで現在、中国政府は農村にも外部の資本を導入し、「企業+農家」という形で農村の近代化を図ろうという政策を取っている。一定の制限を付 けた上で農地を企業に貸し出し、大規模化、効率化するとともに、農民は土地の使用権を出資した一種の「株主」として配当を受け取るか、もしくは農業労働者 として農場や工場で働く。そのうえで農産物の生産から加工、流通、販売までを一貫して企業化することで収益を上げていこうというモデルだ。

  しかし、こうしたモデルに対して中国国内で賛否両論の大激論が交わされている。「フィリピン化」に対する警戒感はそこから出たものだ。大資本が農村に入れ ば、資金力や知識、人材、ノウハウなどの差によって、農民は結局のところ大企業に「使われ」る存在となり、永遠に「生活はできるが豊かにはならない」存在 に留め置かれるのではないか。都市の労働者と同じように、農村でも「人」が「企業」に主導権を取られ、「使われ」てしまう。自分たちの力で主体的に豊かに なっていく道を閉ざされてしまうのは避けるべきだという議論である。

「この道一筋」より「多角化」を好む経営者

 実は中国の経営者についても実は同様の構造が存在している。身近な例で考えてみたい。

  中国の友人に2人の縫製工場のオーナー経営者がいる。2人とも90年代から上海周辺で服の縫製業を始め、海外アパレルからの注文を受けて服を縫い、輸出す るというパターンで成功した。富豪とまでは言えないが、それなりに富裕な生活基盤を築いた。ここまでは2人ともほとんど同じパターンの歩みである。

  違ったのはここからだ。1人は縫製業で得た資金をもとに不動産に投資し、それを転売して大いに資産を増やした。彼を「拡大君」と呼ぼう。その後、飲食業に 進出し、最初にオープンした中華料理のレストランが大成功、現在では市内に大型の店を何軒か持っている。政府関係や経営者連中のお客も多く、上海の実業界 ではちょっとした名士の仲間入りをしている。さらに欧州の某建材メーカーの代理権を獲得し、設計事務所や建設会社などに売り込んでいる。何台かの外車を 持って、大きな家に住んでいる。

 もう1人の友人は縫製業で一定の基盤ができた後も規模の拡大や事業の多角化を志向しなかっ た。縫製工の数を極端に増やすこともしなかった。彼のことは「向上君」と呼ぼう。向上君が力を入れたのは技術力および企画力のアップである。毎朝みずから 早起きして現場に張り付き、縫製工を指導、技術の向上と従業員の定着に努めた。さらに大学を出た若手のデザイナーやパタンナーを採用し、商品の提案力を身 につけようと努力している。その一方で、海外の有名ブランドに営業をかけ、付加価値の高い(つまり縫うのが難しい)服の受注に力を入れた。

  現在では欧米の有名ブランドなどの高級品を中心に受注している。ここ数年、こなしきれないほどの注文があって、仕事を断るのが大変だった。さすがにこの不 景気で引き合いは減っているそうだが、「受けきれずに他社を紹介していた仕事を自分でやれるようになったので、売上はそんなに減っていない」と笑ってい た。

「お客を選べる経営者」になれるか

 この2人のどちらが良い、悪いというつもりはない。 2人とも人柄は真面目だし、努力家だし、誠実な人間である。でなければこんな成功はしない。ただ、最近の不況で大きく業績が落ち込んでいるのは拡大君の方 である。率直に言って、今後の事業展開に将来性があるのは向上君のほうだと私も思う。

 理由は言うまでもないだろうが、労働者 や農民の例と同じである。拡大君はもちろん大いに努力もしているけれど、自身が産み出す独自の付加価値は大きくない。そのぶん相手方に主導権を取られてし まう余地が大きく、外的環境に左右される度合いが高い。その点、向上君は成長の速度は遅いが、自分の側で一定の主導権を握ることに成功している。向上君の ところほどのクオリティで一定数の服を縫える工場は中国にもそうたくさんはないから、自分からお客を選べる立場になっている。

  中国社会には拡大君パターンの成長をしている企業が圧倒的に多い。これは個人の零細企業から超特大の有名企業までそうである。まずは本業で起業するが、資 金ができると多角化に走り、グループ内にいろんな業種の企業を持っている。実業よりも資金の運用や株式投資、不動産投資で利益を上げようとする性向が強 い。内部で技術を開発し、蓄積していくよりも、有名企業の製品の販売代理権を取ったり、M&Aやライセンスの購入によって一気に競争力を身につけ ようとしたりする行動が目立つ。表現は品がないが、いわゆる「他人のふんどし」で相撲を取ろうとする傾向が強いのである。

 そ の点、日本の企業は向上君的な自立的成長パターンを志向する比率が高いのは間違いないだろう。日本の少なからぬ中小企業が世界的な技術やサービス水準を 持っているのはまさにそのせいだろうし、大企業にしても、極端な多角化をしている企業は少ない。株式や不動産への投資もしているのだろうが、本業がおろそ かになるほどのめり込む企業は多くないし、そういう行動に対して社会は明らかに批判的である。

中国社会の命運を握る「内需拡大」の成否

  中国の労働者でも農民でも経営者でも、その行動様式に共通する問題は「みずからが主導権を取れず、受動的な立場になってしまう」という点にある。創造性の 不足と言ってもいいかもしれない。だから働く人の数や仕事の量は増えるが、その割に儲からない。労働者報酬がGDPに占める比率が年々下がり続けているの は前述した通りである。なかなか豊かにならない根本的な原因はここにある。当然、購買力が高まらないから内需も増えない。この問題をどうにかしなければな らない。

 ではどうして、中国社会で人や企業はそのような行動をとってしまうのか。それは深い歴史的、文化的背景があることだから明確にはわからないが、おそらくこの連載の第1回「中国人はなぜ会社を辞めるのか」で書いたリスクヘッジの発想が社会の根底にあるのではないかと私は考えている。働く側も経営者の側も着実に一歩ずつ自分の競争力を積み上げ、長期的な利益を確保しようというモチベーションが働きにくい社会なのだろうと思う。

  これは永遠に変わらないわけではないだろう。しかし人や社会が変わるには時間がかかる。経済産業省『通商白書2007』によると、中国の固定資産投資額の 対名目GDP比は06年には52.5%、輸出の対名目GDP比は37.1%に達している。この比率は年々高まっている。日本は前者が23.8%、後者が 16.1%、米国は前者16.3%、後者11.1%であるのと比較すると、その高さがわかる。固定資産投資をしてもそれが利益を生むかどうかはわからない し、輸出はどうしても「他人頼み」の感じが強い。今こうしているうちにも中国社会は「アフリカの陥穽」や「フィリピン化」に向けてまっしぐらに進んでいる のかもしれない。

出典:経済産業省『通商白書2007』

出典:経済産業省『通商白書2007』

 中国では「内需拡大」は単に景気回復の手段のみには留まらない。中国の内需不足は中国社会の抜きがたい体質と密接に結びついており、そこを突破できるかどうかに中国社会の命運がかかっているからである。

(2009年3月23日公開)

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