ITエンジニアにとって,会計を学ぶことは様々な利点がある。例えば,業務システムを開発する際,会計システムとのデータ連携を円滑に行えるようにするうえで,会計知識が役に立つ。さらに経営層やマネジャーの視点に立って,IT投資を提案する際にも,会計知識の有無が物を言う。つまり会計知識は,ITエンジニアにとって重要な武器になる。
そこでここでは,ITエンジニアが知るべき会計知識の基本を解説する。まずPart1で改めて,ITエンジニアが会計を学ぶ意義を紹介する。そのうえで,Part2で露天商という単純な事業を通じてストックとフローという会計の根本的な仕組みを解説する。さらにPart3で,実際に企業が行う会計処理の概略を示す。
Part1 ITエンジニアが会計を学ぶ意義
会計知識は,今や誰もが身につけるべき基本スキルの1つになった。ITエンジニアとしての仕事に欠かせないという理由だけではない。企業や経済の動向が分かり個人的にも視野が広がる,極めて“面白い知識”なのだ。
「会計知識に自信がある」というITエンジニアはそう多くないだろう。会計は法律や英語と並んでITエンジニアが苦手とする分野の代表格と言える。
会計に苦手意識を持つのも無理はない。「総勘定元帳」や「資産の流動化」,「減価償却」といったあまりなじみのない専門用語をいくつも覚えなければならない。おまけに「収益」のような一般用語を,微妙に異なる意味で使うケースも少なくない。ちなみに会計で言う「収益」は,「利益」ではなく「収入」を意味する。
しかも大学や企業内で,会計をしっかり教育するケースはまれだ。つまり取っつきにくく,学ぶ機会も少ない。会計システムを担当するITエンジニアでなければ,会計が苦手でも当然とさえ言える。
必須知識と位置づける企業も
ところが今,そうも言っていられない状況が訪れつつある。フューチャーシステムコンサルティングや大塚商会など,会計を「ITエンジニアの必須知識」と位置づける企業が増えているのだ。
なぜ会計がITエンジニアの必須知識なのか。会計はどの企業にも必ずあり,しかも販売管理や人事管理,生産管理など他の業務と密接に関わる。いわば企業のビジネスの基本だ。その基本を知らずして,ビジネスを支える情報システムを構築できるはずがない。
加えて,「連結決算」や「時価会計」といった新しい会計制度が,相次いで導入されている。ユーザー企業において会計システムを刷新する動きも盛んだ。
その開発を担うITエンジニアにとって,会計の基本を理解しているのは当然と言える。
会計は役に立って面白い
「JavaやUMLなどITエンジニアとして覚えることは山ほどあるのに,会計まではとても手が回らない」――。多くのITエンジニアの本音はこんな感じかもしれない。
しかし会計知識を習得するメリットは,苦労を補って余りある(図1)。販売管理や生産管理など様々な業務における会計処理を横断的に理解すれば,貴重な戦力として社内で高く評価されるはずだ。
さらにユーザー企業の経営者の視点でシステム投資を考えられるようになり,顧客へのプレゼンテーションに役立つという利点もある。
しかも会計知識を生かせるのは,仕事だけではない。経済ニュースの内容がよく分かるようになり,自分の会社やライバル会社の経営実態はどうなのか,ストックオプションはどんな仕組みで欠点は何か,税制改革は銀行の不良債権処理と関係があるのかといったことを,読み取りやすくなる(図1)。その意味でも会計は,ビジネスパーソンであるITエンジニアが最も優先して学ぶべき知識/スキルの1つと言える。
法律が絡み合って制度を規定
では,どうすれば会計知識を身に付けることができるのか。その良い方法は何が会計を難しくしているのかを知り,その上で基本から順に理解していくことだ。
会計を難しくしている最大の原因の1つは,会計に関する法律が会社法,金融商品取引法,税法,それに“企業会計原則”という慣例の,合計4つも存在している点にある。これらが複雑に絡み合っているので求められる知識は膨大になり,専門家でも整理して考えるのは難しい。財務会計や税務処理,国際会計基準などの解説書を読んでも,断片的な知識しか得られない,というわけだ。
となれば基本,つまり会計の目的と意義から順に積み上げていくしかない。急がば回れである。
実は会計の根本的な目的は,非常に明確だ。それは,経営者や取引先,投資家が理解できるように,お金というモノサシで企業の経営状況を明らかにすることである。ここで言うお金とは,売り上げ(以下,売上と略す)と利益,借入金といったものにとどまらない。商品の在庫や製造設備,建物といった企業が持つ財産すべてについて,1つひとつをお金の価値に換算して集計していく。
その際には,必ず2つの視点が必要になる(図2)。1つは企業が持っている財産や負債を示す「ストック」。もう1つは売上や利益を表す「フロー」だ。会計にはつきものの「貸借対照表」や「損益計算書」はそれぞれ,ストックとフローによる視点で企業の経営状況をまとめた資料である。
ストックとフローから学ぶ
この講座では,こうした会計の基本を解説する(図3)。
まずpart2で架空の事業の例を通じて,ストックとフローという2つの見方がなぜ必要か,具体的にどんなものなのかを見ていく。併せて会計の基本中の基本と言える「複式簿記」を解説する。
part3ではもう少しレベルを上げて,会計システムを構築するための基本となる知識を明らかにする。まず知るべきなのは,会計業務の概要だ。会計業務は経理部だけでなく,販売部門や生産部門など全社的に分散して行われている。そこで部門の壁にとらわれず,会計処理の流れを追う。