日语小说连载_4

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 彩花から小・中・高校の卒業アルバムを借りた後、私たちは現場に戻る。604号室では、学者然とした眼鏡の鮫山《さめやま》警部補が待機していた。「ご苦労さまです」と挨拶を交わしてから、警部補は声を低くして警部に耳打ちする。
「父親がきました。被害者の部屋にいます。それから、下の階の住人が帰ってきたので話が聞けました」
「そうか。どやった?」
「山崎《やまざき》という自由業の男です。独身者で、一人暮らし。昨日の夜、事件があった時間には部屋にいたそうですが、人が争うような物騒な音は聞こえなかった、と話しています。ただ、重たそうなものが床に落ちる音ははっきり聞いたと証言しています」
 警部はわずかに興味を引かれたらしい。
「その時間は覚えてたか?」
「九時半から四十五分の間だった、という答えです。パソコン相手に碁《ご》を打っていたんだそうで、それ以上のことは思い出せない、と」
 おそらく凶器が投げ捨てられた音だろう。このマンションならば生活音が上下の階に簡単に洩《も》れたりしそうにないが、フローリングの床にものが落ちるとかなり響くはずだ。
「その物音はリビングの天井から聞こえたのか?」
 警部は確認のために尋ねる。
「おそらくそうだろう、という言い方です。山崎氏がゲームをしていたのは奥の六畳間で、音は斜め方向から聞こえたようです」
「天井のどのへんから、どの程度の音が聞こえたのか実地で試《ため》してみてもええな。ギターをほうり投げて。──他に何か聞けたことはないか?」
「ありません。被害者とは、エレベーターで顔を合わせることがあるぐらいだったが、すぐ上の部屋で殺人事件があったと聞いて驚いている、と言っていたぐらいです。都会のマンションですから、真上の部屋に誰が住んでいるのか知らないのが普通です。山崎氏はここに引っ越してきて、まだ半年だそうですし」
 十年住んでいても知らなかったかもしれない。
 犯行時刻が九時半から四十五分の間であった公算が大きくなったが、証人はゲームに没頭していたのかもしれず、どこまで信憑《しんぴょう》性があるのか判らない。もし彼の話が正確だったとしても、犯行時刻が九時四十分から十時前だということは諸々の状況から明らかなので、あまり重要な証言でもなさそうだ。
 ドアが開く音がして、初老の男がリビングに現われた。高級そうな夏物のスーツに、きちんとネクタイを締めている。私たちを見ると、半分白くなった頭を下げた。被害者の父、山元|昭善《あきよし》だった。
「息子の部屋に足を踏み入れたのは、十年ぶりです。優嗣は中学生になってから、親が部屋に入ることを断固として拒絶していましたし、私もあえて入室しようとはしなかったもので。──音楽以外に興味のあるものはなかったみたいですね」
 学校で担任教師と面談しているかのような落ち着いた話しぶりだった。しかし、一人息子を突然に殺人事件で亡くしたことを悲しんでいないはずはなく、目の下には隈《くま》ができている。どこか猛禽《もうきん》を思わせる横顔だった。鉤鼻《かぎばな》のせいだけでなく、意志の強靱《きょうじん》さと気性の激しさを窺わせる顔だ。
「息子の交友関係については、今朝ほどもお話ししたとおりです。私は何も知りません。あいつが最も懇意にしていた友人の名前はおろか、恋人がいたのかどうかも。バンド活動をしていたことは承知していても、CDを制作したことも知らなかった。他人同士も同然だったんです。離れて暮らしていても頻繁《ひんぱん》に連絡をとる親子もいるのでしょうが、われわれは違いました」
 昭善は淡々と話した。捜査に非協力的なのではなく、警察が無駄に労力を費やすのを省こうとしているかのようだ。乾いた口調だった。
 火村は手短に自分と私の素性を明かしてから尋ねる。
「便りがないのはよい便り、という親子の方が多数派でしょう。それとも、優嗣さんとの間で何か確執《かくしつ》でもあったんでしょうか?」
「さすがに立ち入ったことを訊かれるものですね」と昭善は皮肉っぽく言ってから「そういうわけではありません。単に、私たちが相手に無関心だっただけでしょう。私は五年前に妻を亡くしました。息子は十七歳だった。もともと私と息子との親子関係は希薄で、お互いに煙たがっているところすらありましたから、妻が死んで以降、同じ屋根の下で暮らしながら没交渉になっていったんです。私が若い愛人を作って朝帰りするのを白けた目で見ながら、優嗣は音楽にのめり込んでいきました。私は私で、目の覚めるような才能があるでもないのに音楽に没入する息子のことを、二流の男として見ていた気もします。それがあいつに伝わり、われわれの溝はますます深まっていったのでしょう。あいつが一浪してやっとこさ滑り込んだ大学も、決して私の眼鏡にかなうところではなかった。優嗣は優嗣で父親の人生について、愛人を囲える程度の高給だけが取り柄。つまらない仕事に一生を捧げた失敗作と軽蔑し、嗤《わら》っていたのだと思います」
 気が滅入《めい》る。そこまで分析できているのなら、この父と子はもっと話し合うことができなかったのか? どうするべきか判っていたらできるというものでもないが。
「あいつが大学に入学すると同時に私が本社への転勤が決まり、大阪と東京で別れて暮らすことになりました。気詰まりな相手と離れられることに、父子ともほっとしたものです。距離を措いた方が関係が改善されるかもしれない、という期待も虚しく、私たちは漸次《ぜんじ》、疎遠になっていっただけだった。その果てがこの結末とは哀しいことです」
「優嗣さんと最後に連絡をとったのは、いつ頃ですか?」
 火村の口調には感傷の欠けらもこもっていない。その方が昭善は救われるだろう。
「正月休みに三日ほどこちらに帰ってきて、それっきりです。電話の一本もかけ合っていません」
「仕送りを無心されるようなことは?」
「ありません。ここの管理費と光熱費、それから学費については私の口座からの引き落としになっていましたが、それ以外の生活費はすべてアルバイトで稼いでいたようです。好きでもない父親に小遣いまでせびることは自尊心が抵抗したでしょうし、バンド仲間の手前もあるので多少は苦労がしたかったんでしょう。何しろ、ロックンローラーですからね」
 最後の言葉には、明らかに息子への揶揄《やゆ》が込められていた。
「正月に会った優嗣さんの印象はいかがでしたか?」
「相変わらず無愛想でした。私を避けるためか、昼間はずっと外出していましたし。それが当たり前なので、特に変わった様子もなかった。『最近どうだ?』『何もないよ』という貧しい会話ぐらいしかしていません」
「息子さんの部屋に入ったこともなかったのなら、何か変化があっても判りませんね。七ヵ月ぶりにこのマンションに帰ってきて、お気づきになったことはありませんか?」
「いいえ」と即答する。「細かなものが増えたり減ったりしているのでしょうけれど、答えられません。あいつの友人に尋ねてください。沢口さんにでも」
「沢口彩花さんについては──」
「バンド仲間で幼馴染みだったそうですが、私は今朝までお名前も知りませんでした。もちろん、死んだ妻ならそのお嬢さんをよく存じ上げていたんでしょうけれど」
 昭善は右手をスーツのポケットに入れる。取り出したのは、一枚のCDだった。〈ユメノ・ドグラ・マグロ〉のアルバムだ。ソラリゼーションを掛けて写したメンバーの写真がジャケットになっていて、『トラウマ市場』というタイトルが読めた。
「息子の部屋にありました。インディーズ……とは、どういう意味なんですか?」
 その問いには、私が答える。大手のレコード会社と契約せずに自主制作したCDのことで、昨今、そうしたアルバムを足掛かりにメジャーになっていくバンドも多いのだ、と。父親は、何かを理解したように頷いた。
「アンダーグラウンド・シーンの音楽ということですね。こう見えても、私だって学生時代にはアングラ芝居の台本を書いたこともあるんです。『消えない蒙古斑《もうこはん》を持つ地母神の偉大な臀部《でんぶ》が一発の放屁《ほうひ》とともに覚醒《かくせい》する朝』という題名でした」
 それはまた濃いタイトルだ。シュルレアリスム絵画の表題の下手なパロディのようである。父親は、それを生前の息子に話して笑われた方がよかったろうに……その機会は惜しくも永遠に失われてしまった。
 昭善の許しを得て、私は優嗣の部屋を見せてもらう。これまでに行なったライブのチラシ──最近はフライヤーと呼ぶのか? ──で壁一つが埋めつくされていた。粗悪な紙にザラついたデザインのものばかりなので、部屋の印象はいたって陰気臭いが、大人が若者に投げ与える既製品を拒んでいる姿勢が窺えて、好もしく思う。
〈Yumeno Dogura Maguro〉
 チラシには、そんな横文字の表記もあった。真っ赤な刷り文字のうちの大きなY・D・Mが浮かび上がって見える。それが〈Yのダイイング・メッセージ〉の略号に思えた。
 その反対側の壁際にベッド。隅《すみ》にライティング・デスク。別の隅に音楽雑誌が詰まった本棚。窓の下にギターが二本立てかけてあった。一つはまだ新しそうなレス・ポール、もう一つはピック・ガードが傷だらけのフォークギターだ。後者は彼が生まれて初めて手にしたギターなのかもしれない。こざっぱりと片づいているのは、見苦しいものをすべてベッドの下に押し込んであるためらしい。けばけばしい表紙の雑誌が、床まで垂れたシーツの陰に何冊か覗いている。恋人でもないなら彩花がこの寝室に入ることはないはずだが、万一の場合、目に触れないようにしていたのだろう。
「机の抽斗《ひきだし》にあった手帳や郵便物のたぐいは、警察の方が捜査本部に持っていって目を通しているのだそうです」
 父親はそう言って、ほとんど空っぽになった抽斗の一つを開けて見せ、すぐに閉じた。
「日記はなかったんですか?」
「なかったようですね。手帳は細々とした書き込みでいっぱいだったそうですが」
 会話が途切れた。
 私は壁一面のチラシを眺め渡す。会場は京阪神の小さなライブハウスがほとんどで、四人のメンバーのステージ写真をあしらったものも、ちらほらと混じっていた。フライングVを低めにかまえた山元優嗣は、意図的にか、つまらなさそうな顔で写っている。それがサマになっていた。顎が細く、繊細そうでいて癇《かん》が強そうなところは父親に似ていなくもない。
 私は窓辺の二本のギターを見る。主を失った楽器は淋しそうだった。

 

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