日语小说连载_5

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 用賀は、約束の時間に一分遅れてやってきただけなのに、「すみません、すみません」と派手なバンダナを巻いた頭をぺこぺこ下げた。サングラスに顎髭《あごひげ》という外見にあまり似合わない。
「昨夜も遅い時間に色々と伺ったのに、恐縮です」
 鮫山警部補はそれに応えて丁重に言った。彼も浜本も、優嗣が殺害されたという報せを聞いて病院に駈けつけ、そこで昨夜のうちに警察からのヒアリングを受けていた。そこでひととおりのことは話しているのだ。
「そちらが火村先生と有栖川さんですか。初めまして」
 そう言いながら、彼は名刺を取り出した。初アルバムの完成を機に、CDの紹介を刷り込んだものを作ったのだそうだ。もらった名刺には〈ユメノ・ドグラ・マグロ ドラマー 用賀明〉とあった。ルビが振ってあって、明は『めい』と読むらしい。フェイントの効《き》いた名前だ。
「あらためて聞きたいことがある、ということですが、何でも訊いてください。あ、場所を指定して申し訳ありませんでした。近所だと、変なことになりかねへんので。うちは母親が美容院をしているもんで、『あそこの息子さん、刑事から殺人事件のことで事情聴取されてたで』てな噂が流れたら商売に差し障《さわ》るんです。ただでさえ、『用賀さんとこの明君は、音楽にかぶれてフラフラしてる』と囁《ささや》かれてますから」
 彼が指定した場所は、アメリカ村のはずれにある喫茶店だった。独りでぼけっとするのに愛用している店だとか。輸入レコード店と並んで雑居ビルの二階にあって狭苦しい。
「お母さん想いなんですね」
 私が言うと、照れたように「いえいえ」と首を振る。
「母親はどうでもええんですけど、商売は大事にしてやらんと」
 彼が注文したコーヒーがきてから、本題に移った。優嗣の人物評は、彩花から聞いたものとさして変わらない。気のいい男、敵を作りやすいタイプではなかった云々《うんぬん》。
「バンドの中で、彼はどんなポジションを占めていたんですか?」火村はキャメルをくわえる。「ギタリストという以外に」
「俺も吸っていいですか。──はぁ、ポジション。どう答えたらええんかな」
 髭のドラマーはセブンスターの煙を天井に吹き上げた。
「浜本がリーダー格で、ほとんどの曲も書いていたんです。優嗣は、黙々とギターを弾いてました。バンドの方向性と彼が本当にやりたい音楽は微妙にズレてたみたいですけど、そんなことはどこでもありますからね。アルバムもできたし、満足してたんやないかと思います。──うちの音、聴いてもらえましたか?」
「まだです」との返事に、用賀は説明を始めた。
「メッセージ色の強い、暗めの曲が多いかな。浜本の趣味で文学的なのもある。売るのは難しい面もあるけど、悪くないですよ。浜本はいい声してるし、彩花ちゃんの高速キーボードはカッコいいし、曲と合ってなくても平気な優嗣のヘヴィーメタリック・ギターソロにもファンがついていた。リズムが狂いがちなドラムスをチェンジすれば、もうひと皮|剥《む》けるかもしれません」
「必ず聴かせていただきます。──他の三人は高校時代からバンドを組んでいて、そこにあなたが加わったのが今の〈ユメノ・ドグラ・マグロ〉なんですね?」
「はい。楽器屋の伝言板でドラムスを募《つの》ってたので、それに俺から連絡をとったんです。仲よしグループに後から参加したので、ちょっと遠慮してますけど、居心地のいいバンドですよ」
「人間関係も円満で?」
「俺が酔って誰かにからまないかぎり」
 タイミングを図っていたように、ここで鮫山が割り込む。
「その件について、昨日のお話では違うニュアンスのこともおっしゃっていましたね」
 用賀は、何のことでしょう、という顔をしてとぼけたが、渋々と話しだした。
「昨日の夜は動揺していて、口が滑ったんですよ。優嗣と彩花ちゃんの関係を浜本が勘繰《かんぐ》ってて、勝手にやきもきしてる、という話のことですね? ああ、よけいなことを口走りました。忘れてください。三角関係でもめてたわけでもないんやし」
「沢口さんによると、優嗣さんとの間に恋愛感情はまったく介在していなかったそうです。それは事実とは異なるんですか?」
「彼女がそう言うんなら、事実なんでしょう。俺もそう思ってました。でも、浜本の目には違って映ってたみたいですよ。彩花ちゃんって面倒見がええし、家が優嗣んちの近所やもんで、晩飯の差し入れとかしてるでしょ。それを邪推《じゃすい》してるんです」
「誤解しているわけですか。それが原因で喧嘩《けんか》になったことは?」
「ありません」
「あなたが知るかぎりにおいては、ですね?」
 ドラマーはサングラスをはずした。思っていた以上に落ち着いた理知的な顔になる。
「もちろん、そうです。ただし、どんな質問に対しても俺は自分が知る範囲のことしか答えられませんよ。俺が知るかぎり、優嗣の目玉は二つやったし、レッド・ツェッペリンのドラマーはジョン・ボーナムでした」
 警部補の言葉尻を捉《つか》まえて怒っている。けっこう短気なところもあるようだ。しかし、鮫山はさらに彼にとって楽しくない質問を用意していた。
「昨日は宅配便の配送センターでアルバイトをしていたそうですね。摂津富田《せっつとんだ》のバイト先を出たのが夜の八時。それから梅田|界隈《かいわい》のゲームセンターで独りで遊んで、帰宅したのが十一時半。その間、知った人とは会っていない。そうでしたね?」
「ええ。昨日、病院で話したとおりです」
「優嗣さんと連絡をとったりもしていないんでしたね?」
「そうですよ」用賀は鼻白む。「電話で話してもいませんし、あいつのマンションに訪ねていってギターを振り回したりもしてません。アリバイがないって言いたいんでしょうけど、俺が優嗣を殺す動機として何を妄想してるのか聞かせてもらえますか?」
「報告の必要があって形式的に確かめているだけです。気にしないでください」
「気にしますって。──やれやれ、やなぁ。彩花ちゃんから聞きましたよ。優嗣は最期《さいご》に『やまもと』って言い残したんでしょ? それが犯人の名前やないんですか?」
「『やまもと』という名前に心当たりがあるんですか?」
「ありません。俺が身近に知ってる『やまもと』は優嗣だけでした。──あっ!」
 急に大声を出したので、「どうしました?」と鮫山が身を乗り出す。
「優嗣の奴、死ぬ前になんで自分の名前を言い残したんやろうって不思議に思うてましたけど、もしかしたらその『やまもと』というのは、自分の肉親を指してるんやないですか? あいつの身内やったら、山元という人間はたくさんおったでしょう」
 たくさんはいない。父親の山元昭善ぐらいだ。昭善が事件当時、本当に東京にいたことが確認できているのかどうか知らないが、推理としては論外だろう。
「どうですか、推理作家のセンセ。この推理の出来は?」
「無理がありすぎますね。肉親の誰かが犯人だとしたら、『親父』とか『神戸の叔父』とか『従兄《いとこ》の太郎』という言い方をするのが自然でしょう。ましてや、被害者は瀕死の状態で、できるだけ言葉を節約したがっていたはずですから、『やまもと』から始めるわけがない」
 私はきっぱりと否定した。鮫山は別の興味を抱いたようだ。
「優嗣さんの肉親はお父さんだけです。理由があって彼を疑っているんですか?」
「いえいえ、あいつの親父さんがどんな人かなんて知りませんよ。大手の保険会社に勤めてて、東京で暮らしてる、と聞いたことがあるだけです」
「親父さんと自分の関係について、優嗣さんから聞いたことはありますか?」
 これも鮫山の質問だ。
「二十歳も過ぎて、うちのお父ちゃんはどんな人、なんて話すこともありませんよ。あいつが親父さんについて語るのを聞いたことは一回だけです。『東京で好きに暮らしてる』とだけ」
「そうですか……」
 警部補が黙ると、用賀は逆に尋ねてくる。
「彩花ちゃんに『やまもと』と言うただけでなく、あいつは壁に自分の血でYと書いたそうですね。そのYは、アルファベットで『やまもと』と書きかけたんでしょうか?」
 鮫山は私たちを見た。犯罪学者と推理作家に意見があるなら拝聴したい、ということらしい。Yが『YAMAMOTO』のYだとは考えにくいのではないか。
「それはどうでしょう。沢口さんは優嗣さんが『やまもと』と言ったのを、しっかり聞き取っています。死の間際にあらためて同じことを横文字で書く必要はなかったわけです。何か別の言葉を遺そうとしたんやないでしょうか。それが何かは見当がつきませんけれど」
「『やまもと』と言ったのが彩花ちゃんに伝わったかどうか、優嗣は確信が持てんかったのかもしれませんよ。だから、文字で書こうとしたのかも」
 その可能性を完全には否定はできない。火村の考えはどうなのだろう? 横目で様子を窺うと、助教授は人差し指で唇をなぞっていた。脳細胞をフル稼働させ、何かをまとめている時の癖だ。
「皆目《かいもく》判りません」
 彼はそう答え、ドラマーは失望を顕《あら》わにした。しかし、それは嘘だろう。おそらく本当の答えはこうだ。
 ──今、ここでは言えない。

 

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